ご案内

日本料理における野菜海藻料理の発達を支えたものに調味料と潰物の発達ある。 代表的なものだけあげても、白菜、広島菜、野沢菜の塩漬け、柴漬け、菜の花漬け、すぐき、梅干、奈良漬け、ワサビ潰、べ″タラ潰、福神漬け、パリパリ潰、千枚漬、アチ潰、と切りがない。
日本人の味覚のふるさと、タクアソ。 ダイコンはそんな多様な菜食の中で、リダシ″プをとり続けて来た。
新鮮な葉や根を食べるだけでなく、タクアソ、干しダイコンにし、また葉も根も潰貯蔵しておいて、塩抜きして1年中のかてとする。 ダイコン飯として、米の飯の増量材に使われもした。
おろしは日本で唯1の野菜の生食だった。 ダイコンなかったら日本の菜食(のみならず食生活全般)の姿はずいぶん違ったものになっていたことだろう。
こうした有様は西洋人にとってよほど異様なものだったらしい。 16世紀(O田信長のころ)に日本に来たヨーロッパの宣教師たちの1人は、本国への報告の中で、「野菜はカプ、ダイコン、ナス、チサのみ……その食物はダイコンの葉の上に少しオオムギの粉をかけたるものなり」と、日本の菜食を伝えている。
「ダイコンの葉の上に少しオオムギの粉をかけたるもの」というのはタクアソのことだろう。 食生活が多様化し、江戸の庶民文化が咲きほこったあとでも、この見方は少しも変おっていない。

明治6年から23年にかけて日本にいて、東京帝国大学などで教えた英人バジルチェそばレソの『日本事物誌』(高梨健吉訳、平凡社「東洋文庫」)の1節には、次のように記されている。 「日本料理はヨーロッパ人の味覚をとうてい満足させることできない。
次のような食事を想像してみるがよい。 肉もなく、牛乳もなく、パンもなく、バターもなく、ジャムもなく、コーヒーもなく、サラダもなければ、良く料理した野菜の充分な量もない。
」ヨーロッパ人の菜食主義者も、普通の肉食をする人と同様、なんとも手の施しようもないだろう」 ところでチェソバレソの文章の中には日本人の菜食の姿を鋭くついている。 「サラダもなく」という1句だ。
日本人の菜食には1つの特徴ある。 ダイコソおろし以外、なんでも煮るか漬けてしまうことだ。
こんなに野菜を愛して来た日本人ついにサラダ(野菜の生食)を発明しなかったのは、考えてみると奇なことだ。 ことに魚さえも生食する料理を発明した日本人なのに。
米食のそえものとしての使命を担わされて来た野菜は、なによりもまず塩味で強く調味されねばならなかったからであろう。 今、若い人たちのあいだでサラダが大流行している。
「ミニにはサラダがよく似合う」などともいわれた。 サラダは肉に、パンに合う。

サラダは日本で野菜米のめしから独立した記念すべき姿なのだ。 サラダの流行にともなって、レタス、クレソン、アスパラガス、ブロ″コリ、カリフラワ、セロリなどのいわゆる西洋野菜の普及もめざましい。
日本古来の野菜は数種類で、それに野草や山菜を加えたのが私たちの祖先の「菜」だった。 それ以外はすべて「外来野菜」で、いまふつうに食べられている、トウモロコシ、ソラマメ、エンドウ、インゲンマメ、チサ、ホウレン草、ダイコン、カブ、ニンジン、ジャイモ、キュウリ、マクワウリ、スイカ、ナス、カボチャなども、江戸時代にもあるにはあったどれも明治に入ってから外来種導入され、改良されていまのようになった。
こんにちの西洋野菜の普及は日本の野菜導入の歴史の1つの完成を告げるものにすぎないといっていい。 1方では自然食品へのあこがれから、野草や山菜摘みも盛んなようである。
万葉の昔への回帰のようでもある。  新しいものの摂取と、古いものへのあれこれ。
日本人の菜食の歩みはとどまるところを知らない。  第2次大戦の直後、戦争でひどく貧乏になったイギリスでは、アメリカから観光客を呼びよせてドルをかせごうという政策を打ち出した。
USドルが強かった20数年前の話である。 このときイギリスのホテルの業者たちは、「サラダの材料と氷とトイレットペパを特別に配給してくれなければ協力できない」と政府に申し出たという。
ここには、富めるアメリカ人の好物たくみに言い表されている。 氷というのはアメリカ人が食事のとき必ず″カエルのように飲む氷水用″だろう。
トイレットペパというのは、そのころアメリカにしかなかった使い捨てのティッシュペパのことだろう。 サラダ サラダはもちろんヨーロッパに発生した完成したのはアメリカ人で、料理らしい料理を発明していないアメリカ人だ、サラダだけは自慢していい、といわれる。
アメリカ人は美しく冷たいサラダを作るのを、1種の芸術と感じており、ことに女性的なやさしい料理と感じているという。 サラダに女性を感じるのはアメリカだけではない。
18世紀のフランスの作家で思想家のジャソジヤクルソは、「サラダをあえるには、細心の注意が必要で、そのためには若い女性の指もっとも適している」と言っている。 サラダ用のフォクやスプンが現われるまでは、サラダをあえるのはその場にいたもっとも美しい乙女の仕事だった。

サラダを「あえる」と書いた。 サラダなぞ生野菜の盛り合わせぐらいに思っている私たちには、ちょっと意外だ。実はヨーロッパ人やアメリカ人がいちばん凝るのはこの点である。
サラダを混ぜはじめたら、電話かかってきても出るな、などという。 古いことわざには、「サラダを作るには4人の人が必要だ。
油を入れるための浪費家、酢を入れるためのケチソ坊、塩を入れるための顧問弁護士、それらを全部混ぜ合わすための狂人」とあり、ここには油をたっぷり、酢はちょっぴり、塩加減がたいせつで、それらを1気呵成に、すばやく混ぜる、というサラダ作りのコツが語られている。 もっとも、最近出たアメリカの料理書には、4人では足りない、もう1人、植物学者を加えるべきだ、と書かれていた。
野菜の選び方と鮮度サラダの魅力と栄養や薬理効果を決定する最大のものだからだ。 こんにち、最高のサラダ用野菜とされているレタスは、ギリシアで紀元前3世紀のころにはすでに栽培が行なわれていた。
またローマの古い農業書(紀元前200年ごろ)には、キャベツの生食が推奨されている。 それによると、キャベツは野菜の中でも、もっとも薬効のあるものとされ、「ヘンルダ(香料)と刻んだコエンドロ(香料)とすりつぶしたアギ(ニンジンの1種)といっしょにし、酢とハチミツで味をつけ、塩をふりかけて食べる。
この薬を用いたら諸君はすべての関節を使用することができる」と書かれている(傍点は著者)。 古代ローマ人に関節の病気多かったかどうかは知らないとにかくまるでキャベツなかったら手足が動かないみたい。
レタスの方はあまり栄養的な効果のないものとされていたようだ、それでも「健康的で、暑気を払い、安眠させる」などといわれていた。 少し時代降る、1世紀にローマのプリニウスという人の書いた本に、「アウグストクス帝(ローマの皇帝)は病気のとき、侍医のすすめでレタスを食べて1命をとりとめたことある」とあり、レタスが1般に血を作る力あると信じられていたと記している。

アウグストゥス帝は紀元前後に生涯を送った人だから、つまりはキリストの生まれたころ、レタスはともかく1人の皇帝の命を救っていたわけである。 キャベツやレタス以外にも、紀元前のギリシアではキュウリ、カボチャなどが生で食べられていた。

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